Henry Louis Gates Jr. and Nellie Y. McKay / The Norton Anthology of African American Literature: Audio Companion (New York: Norton, 1996)
アメリカ文学研究者のなかでも、とくに黒人文学を専門としている人にとっては必須文献の一つ。この分野の権威であるヘンリー・ルイス・ゲイツ・ジュニアとネリー・マッケイが編纂したアンソロジーで、アフリカ系アメリカ人最初の詩人といわれるフィリス・ホイートリーから現代作家トニ・モリスンやアリス・ウォーカーにいたるまで、作品の全文や抜粋が収録されており、大学の教科書としてもよく指定されているものだ。
ところで、このアンソロジーにはオーディオ・コンパニオンといって、CDが一枚付録でついてくる。黒人の言語文化はとりわけ「音」への志向が強いーつまり音楽的であるーとはよく言われることで、(こうしたイメージそのものが実はオリエンタリズムの一形態として分析の対象になりうるのだが)本CDにもアフリカ系アメリカ人が歴史上培ってきた様々な音楽文化が収録されている。
大きな項目としてはスピリチュアル/ゴスペル、ワーク・ソング/バラード、ブルース/ジャズ、ラップ、説教(演説)に分類されていて、全部で21曲。ルイ・アームストロングやデューク・エリントンに続いて、いきなりグランドマスター・フラッシュ&ザ・フュリアス・ファイヴが収録されているあたり(笑)、編者のバランス感覚に若干の疑いを挟む余地がないわけではない(R&B〜ソウル〜ファンク系がごっそり抜け落ちてるから不自然に感じるのかなあ。言語文化と音楽という意味では、JBは無理だとしてもギル・スコット・ヘロンなんかは入れても良かったと思うけど)。
それはいいとして、このCDにとても興味深い録音が収められていることを、大学院の後輩に教わった(ありがとう>深瀬さん)。ワーク・ソング/バラードの項にある"You May Go But This Will Bring You Back"という曲で、なんとゾラ・ニール・ハーストン(Zora Neale Hurston 1891-1960)本人が唄っている。ハーストンといえば、モダニズム期を代表するアフリカ系アメリカ人作家の一人であり、黒人の民話や民謡を積極的に採集した民俗学者でもある。『彼らの目は神を見ていた』(新宿書房、1995年)や『騾馬とひと』(平凡社ライブラリー、1997年)など、邦訳もたくさん出版されている。
これだけなら僕もさほど驚きはしなかったのだが(ハーストン研究者にとっては周知のことだろうし)、この録音がアラン・ローマックスによるものだと知って俄然興味がわいた。ジョン(John 1867-1948)とアラン(Alan 1915-2002)のローマックス(Lomax)親子は、1930〜40年代に南部に出向いてブルースやカントリーなど数多くの民謡を採集したことで知られるが、とくにブルース・ファンの間ではレッドベリーをルイジアナ州の監獄で「発見」した逸話が有名だろう。
実は、アラン・ローマックスとゾラ・ニール・ハーストンが協力して民謡採集にあたっていたことは知っていて、以前に書いた論文でも少し触れた。でも、まさかこのCDにそれが収録されているとは思わなかったし、ワシントンDCの国会図書館アーカイヴで探さないと聞けないのではないかと勝手に推測していた。1935年の録音となっているので、資料としてみてもかなり貴重だと思う。CDには、ハーストンが歌いおわったあとにローマックスによるインタビューも収録されていて、彼女がどのように歌を採集をしたのかなどの話も聞くことができる。
というわけで、今調べていることともかかわることなので、この黒人女性作家と白人男性民謡研究家の関係については、今度の学会発表で少し触れるつもり。