愛と戦いのイギリス文化史
- 作者: 武藤浩史,遠藤不比人,大田信良,川端康雄,木下誠
- 出版社/メーカー: 慶應義塾大学出版会
- 発売日: 2007/02/01
- メディア: 単行本
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こちらもいただきものです。ありがとうございます。同僚の諸先生方4人が執筆にかかわっているので、ただいま絶賛推薦中。
大学生を対象にした20世紀前半のイギリス文化史の教科書。構成は4部17章に分かれていて(第1部「階級・くらし・教育」、第2部「セクシュアリティ・女・男」、第3部「イギリス・帝国・ヨーロッパ」、第4部「メディア」)、5人の編著者と14人の執筆者によって1900年から1950年までのイギリスの歴史が文字どおり縦横無尽につづられている。
とにかくテーマが多彩。ざっと目次を見ただけでも、社会主義、美術館、性科学、フェミニズム、精神分析、文学、優生学、ファシズム、放送、映画、ジャーナリズムなどのキーワードが並んでいて、20世紀前半のイギリスの文化/社会現象が可能なかぎり網羅されている。そしてなにより驚いたのは、これだけ多様なテーマを扱いつつ、かつこれだけ多くの執筆者が寄稿しているにもかかわらず、全17章を通して歴史記述のスタイルという点で一貫性がみられることだ。それは乱暴にいえば「フーコー以降の歴史」といってもいいと思うが、今後の「歴史教科書」のひとつのあり方(記述のスタイル)を示すうえでも画期的な本だとおもう。
その結果、本書では各章が有機的なつながりを保ち、一つのキーワードを様々な側面から検証できるようになっている。たとえば、社会改良主義の文脈で言及される「芸術」が教育や美術館などの制度と結びつく一方で、別の章では同時代の芸術論と精神分析の言説構造の相同性が解説される。あるいは、第一次世界大戦の衝撃によって、精神分析という理論や推理小説という大衆文学のジャンルに変化がもたらされる過程が章を横断して描かれている。
とくに河野真太郎さんが担当した第12章「国民文化と黄昏の帝国─英文学・イングランド性・有機体論」は、個人的な関心とも重なり、非常に興味深く読んだ。「英文学」という制度は、まず帝国の周縁(スコットランドとインド)で「教化」の目的で創造され、それが大衆化と工業化が進むイングランド(19世紀末から20世紀初頭)で教養/文化の必要性を説く言説と結びついて整備されている。これって同時代のアメリカでも同じようなことがいえる。第一次世界大戦後のメルヴィル再評価運動は、ヨーロッパとは異なるアメリカ独自の文化を模索する動きと重なっていて、「アメリカ文学」の制度化もまさにこの時期に進行したのだ。ブルースやヒルビリーなどの土着的な文化(想像/理想化される過去)が、「アメリカ文化」として発掘/蒐集されるのも同じ時期。
・・なんていってますが、わたくし学部できちんとした英文学の教育を受けていないので、同じ学問領域のなかでもイギリスに関する知識はほとんど中学生レベルで、その意味でも本当に勉強になりました。というより、これ学部生だけでなく院生や研究者にとっても十分刺激的な本だと思います。
最後になりますが、昨年10月に急逝された村山敏勝さんが第5章「友愛?ソドミー?─男性同性愛と性科学の階級的変奏」を担当されています。