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1月4日(月)
赤ん坊は深夜から朝6時ごろまで寝付かず。夜泣きがひどい。


1月5日(火)
今日で赤ん坊が生まれてちょうど一ヶ月。これほどカオスな一ヶ月は経験したことがない。これは何かの修行なのか。だとしたら何の修行なのだろう。ではその修行の成果としてこの一ヶ月で何か進歩しただろうかと考えてみるが、何も浮かばない。強いていうなら、最初の二週間に比べて赤ん坊が泣いてもあまり動揺しなくなったことか。同僚や友人がいろいろ気をまわしてご自身の経験談を送ってくれるのだが、なかでも「子供が生まれてからの半年間は、授業その他の内容の記憶がまったくない」というのが一番凄まじかった。


1月6日(水)
14時半ごろ家を出てタクシーでアッパー・ウェストへ。小児科で一ヶ月検診。ここは産科医に紹介してもらったのだが、初老の男性小児科医を中心に若い女医が3人いる。事前に主治医は決めるものの、基本的に患者の情報は4人の医者が共有しており、定期的に別の医者にも看てもらうというシステム。こうしたやり方はニューヨークではめずらしいそうだ。

三人の女医がみな若くてきれいなのと(というか、それぞれブロンド、ブルネット、赤毛とキャラが立っていて、ファッションも三人三様。出産前に参加した説明会で一人の女医が醸し出していた「私たち三人はプライベートでも大親友なの!」オーラがすごかった)、責任者であるはずの男性小児科医がいっこうに姿を現さないことから、ぼくらは彼女たちを「チャーリーズ・エンジェルズ」と呼ぶことにした。

ちなみに、小児科の待合室と喫煙所はとても良く似ている。ぼくが見知らぬ人にためらいなく話しかけられる場所は、世界中でこの二カ所だけだと思う。


1月7日(木)
そろそろ一人ずつでも外出しないとね、ということで21時前に家を出て徒歩5分の場所にあるライブハウス、ターミナル5へ。Levon Helm Band@Terminal 5*1

リヴォン・ヘルムはいわずと知れたザ・バンドのドラマーである。もっとも「アメリカ的なバンド」といわれながら、ザ・バンドのメンバーがリヴォン・ヘルム以外は全員カナダ人であったことはよく知られている。ザ・バンドは映画化もされた『ラスト・ワルツ』でいったん解散したものの、80年代にはロビー・ロバートソン抜きで再結成。しかし、ツアーの最中にリチャード・マニュエルが自殺してしまう。90年代に入っても散発的にアルバムを発表していたが、リヴォンは下記の本でロビー・ロバートソンとの確執を赤裸々に告白する。

This Wheel's on Fire: Levon Helm and the Story of the Band

This Wheel's on Fire: Levon Helm and the Story of the Band

現在リヴォンはウッドストックに居を構えて毎週のようにミッドナイト・ランブル*2という名のライブを開いているらしい。

今回はリヴォン・ヘルム・バンドというだけあって、主役はあくまでもリヴォン。ステージ上手にドラムが横向きにセットされ、リヴォンの一挙手一投足がよくみえる。90年代末に咽頭ガンを患って以来ほとんど歌えない状態が続いていたが、最近は少しずつ声も復活し、アルバムもグラミー賞候補になった。若手のメンバーがリヴォンをもり立てるステージはどことなくブライアン・ウィルソンのライブを彷彿とさせる。

Electric Dirt

Electric Dirt

意外だったのは客層である。会場には人が溢れるほど押し掛けていて、しかもその半分以上が20代と思われる若い観客であった。もう、ニューヨークで誰が人気があって誰がないのかよくわからん。だってリヴォン・ヘルムだぞ。69歳だぞ。やはり「アメリカーナ」にくくられると若いリスナーにも届くのか。ちなみに昨年スティーリー・ダンのライブにもいったのだが、そのときの観客は圧倒的に50代から60代が中心だった。そしてスティーリー・ダンといえば、もっとも驚いたのは今回スペシャル・ゲストとしてドナルド・フェイゲンが登場したことだ。


"The Weight"や"I Shall Be Released"などを熱唱するドナルド・フェイゲンは、これまでみたことがないほど楽しそうにみえた。逆にスティーリー・ダンの曲では「ブラック・フライデー」を演奏していたが、こちらはなんとなく微妙。たしかにドナルド・フェイゲンが客演といってもリヴォン・ヘルム・バンドで「ガウチョ」や「エイジャ」をやるわけにはいかないか。

アーカンソーの田舎で生まれ、幼少のころからカントリーやロックンロールを聴いて育ち、高校を卒業すると同時に音楽活動を開始したリヴォン・ヘルムと、ニュージャージーの郊外で育ち、10代のころからマンハッタンのジャズクラブに入り浸り、アメリカでもっともリベラルな大学の一つといわれるバード・カレッジで英文学を専攻したドナルド・フェイゲン。典型的なレッドネックと狭義のヤンキー。


この二人にいったいどんな共通点があるのかと思う向きもあるかもしれないが、実はドナルド・フェイゲンの今の奥さんがリヴォン・ヘルムの元嫁なんですね。今回のゲスト出演とそれが関係あるとは思えないけど。

その渦中の女性リビー・タイタスは知る人ぞ知るシンガー・ソングライターで、1970年代に何枚かアルバムを残している。

それにしてもリヴォン・ヘルムとドナルド・フェイゲンの二人と結婚するというのは女性としてどういう心境なんでしょうか。「リビー・タイタスってストライク・ゾーン広いよね」とかそういうまとめでいいのか。これ、日本のミュージシャンでいうと誰になるかいろいろ考えたんだけどうまい例えが浮かばない。北島三郎から坂本龍一に乗り換えるとかそんな感じか。でもこう書くと意外に二人は近い気もするな。誰か適切な比喩を思いついたら連絡をください。


1月8日(金)
ある雑誌*3をパラパラめくっていると、赤ん坊のおしめを替える回数は年間3500回とあってのけぞる。


1月9日(土)
必要があってRichard HofstadterのAnti-Intellectualism in American Life (1962) とRoss PosnockのColor & Cultureを読み始める。前者についてはシンポジウムがもとになった下記の編著を以前にいただき、今すごく読みたいのにこちらに持ってきていない。残念。

反知性の帝国

反知性の帝国

Anti-Intellectualism in American Life

Anti-Intellectualism in American Life

Color and Culture: Black Writers and the Making of the Modern Intellectual

Color and Culture: Black Writers and the Making of the Modern Intellectual

1月10日(日)
短い原稿を書いて送る。おしめばかり替えている場合ではないのでそろそろ仕事の環境を整える。日本で参加しているプロジェクトの参考文献を作成、リストを担当者に送る。