村上春樹を音楽で読み解く

栗原裕一郎さん企画・監修による『村上春樹を音楽で読み解く』が刊行されました。

村上春樹を音楽で読み解く

村上春樹を音楽で読み解く

僕は「村上春樹とポップス」の章を担当し、論考とアルバムレビューを寄稿しています。「ジャズ」の章は大谷能生さん、「クラシック」の章は鈴木淳史さん、「ロック」の章は藤井勉さん、そして「80年代以後の音楽」を栗原裕一郎さんが担当しています。

ツイッター上では巻末の大谷・鈴木・栗原さんによる鼎談も話題になっていて(むちゃくちゃ面白いです)、それぞれの論考やレビューの評価については読者に委ねますが、個人的に本書最大の「売り」は栗原さんがまとめた「巻末特別付録」ではないかと思っています。

よく知られるように、村上春樹は1979年のデビュー以降、とくに80年代にはさまざまな媒体に精力的にエッセイを執筆しました。そのなかには音楽について触れたものも多いのですが、単行本に収録されていないために現在入手が難しく忘れられた文章も数多く存在します。今回、栗原さんはそうした文章も含めてあらゆる記事やエッセイを渉猟し、「村上春樹の語った音楽」、「音楽から語られた村上春樹」と分類したうえでそれぞれの記事/文献の解説を執筆しています。

村上春樹がデビュー前、まだジャズ喫茶「ピーター・キャット」のマスターだった時代に答えたジャズに関するアンケート(1975年)、スタン・ゲッツソニー・クリスのアルバムのために執筆したライナーノーツ、文芸誌『海』に執筆したジム・モリソン/ザ・ドアーズに関する文章、そして、いわゆる『ノルウェーの森』誤訳問題──あれは本当は「森」じゃなくて「ノルウェー製の家具」だという説が一般に流布している──に対して春樹自身が応答した文章が実際にどのような内容なのかがすべて確認できるようになっています。この「巻末付録」があることで、今後「村上春樹と音楽」という主題で文章/論文などを書く人は全員ここからはじめることになるはずです。

前書きで栗原さんが書いているとおり、村上春樹に関して「たとえばブライアン・ウィルソンスタン・ゲッツシューベルトを、チャンドラーやフィッツジェラルドヴォネガットなどと変わらぬ重きを持つ存在と捉えた作家論・作品論」は(驚くべきことに)これまでほとんど存在しません。その意味で、村上春樹の読者も音楽ファンも両方楽しめる内容ではないかと思っています。