Donny Hathaway / These Songs for You, Live! (Atlantic 1972 1980 Rhino/Warner 2004) CD

おおお!とんでもないCDを見落としていた。ダニー・ハサウェイの『ライブ』、その発掘音源がついに発売された。

ダニー・ハサウェイのライブ盤には2枚あって(『ライブ』と『イン・パフォーマンス』)、それぞれ1972年と1980年にリリースされている。もともと72年の『ライブ』は、前年にロサンゼルス(2日間)とニューヨーク(3日間)で行ったライブから4曲ずつ収録したものだ。本人が亡くなった翌年に発表された『イン・パフォーマンス』も、同じロスのライブから4曲、ニューヨークのライブから1曲を収めたものだが、それに加えて73年のカーネギー・ホール・コンサート*1での1曲 "Nu-Po" を聴くことができる。

今回発売されたアルバムには、そのカーネギー・ホールで演奏された別の3曲("Flying Easy," "Valdez in the Country," "Someday We'll All Be Free")、71年のロスのライブから7曲(うち未発表曲2曲 "He Ain't Heavy, He's My Brother," "Yesterday")、ニューヨークのライブから2曲、そしてさらに72年にUCLAで行われたライブの未発表音源1曲 ("Superwoman") とニューヨークのラジオで収録されたインタビュー(これはかなりレア!)が収められている。インタビューを除いて全13曲中6曲が未発表音源という構成。

でもまあ、よく聴いてみると半分は『ライブ』と『イン・パフォーマンス』と同じ音源なので、新しいアルバムの編集意図がいまいちよく分からない。これが『ライブ』の決定盤になるのだとすれば、近々旧『ライブ』と『イン・パフォーマンス』が廃盤になってしまう可能性もある。そんなことするなら早く完全盤を出してくれ。とはいえ、ダニー・ハサウェイの発掘音源はこれまであまり出てこなかったので、貴重なアルバムであることは言うまでもない。


『ライブ』については思い入れが強すぎて、まともなコメントは何一つ書けそうもない。陳腐な比喩だけど、いつの時代にでも移動できるとしたら、僕は迷わず1971年8月28日のロサンゼルスを選ぶ。ウェスト・ハリウッドにあるライブハウス・トルバドールでは、ダニー・ハサウェイが自らのバンドを率いてライブの準備をしているはずだ。ドラムはフレッド・ホワイト。数ヶ月後にはアース・ウィンド&ファイヤーに加入して、兄ヴァーダインとともに鋭角的なサウンドを強力なリズム・セクションで支えていくだろう。当時まだ彼は16歳である。ベースはウィリー・ウィークスチャカ・カーン加入以前のルーファスでプレイしていた彼に惚れこんで口説き落としたのはダニー自身である。のちに彼はスタジオ・ミュージシャンとして大成し、十数年後には海を越えて日出ずる国のロック・スター、矢沢永吉のサポート・メンバーとしても活動し始める。ギターは名手フィル・アップチャーチと旧友マイク・ハワード。パーカッションにアール・デルーエン。

そしてトルバドールでは、それぞれのスピリットを手にした観客が主役の登場を今か今かと待ち構えている。

もちろんベトナムで起きていることは、アメリカ本土で暮らす人間にとって直接関係はない。それでも、毎日のように報道される空爆と虐殺と略奪と戦死者のニュースは、徐々に人々を不安な気持ちに陥れている。反戦運動もピークを迎え、数ヶ月前には20万人がワシントンDCに集結してシュプレヒコールをあげたばかりだ。悪いニュースは心の中に少しずつ沈殿し、内側からえぐりだすように精神を蝕み始める。

今とまったく同じ状況だ。

そんななか、ダニー・ハサウェイはワーリッツァーのエレピの前にゆっくり腰を下ろして歌い始める。キャロル・キングの「君の友だち」、マーヴィン・ゲイ「ホワッツ・ゴーイン・オン(愛のゆくえ)」、ビートルズ「イエスタデイ」。恥ずかしくなるほどベタな選曲だ。途中、「ゲットー」という曲の間奏で、ダニー・ハサウェイは自らのソロを終えると観客に向かって呼びかける。女性はこういうフレーズを歌うんだ、そう、それで男性はこうだ。いいぞ。女性も歌い続けるんだ。そう、そんな感じだ。ウィリー・ウィークスのベースが地を這うようにグルーヴし、アール・デルーエンのコンガがそれにまとわりつく。ミュージシャンとオーディエンスのコール・アンド・レスポンスは極限にまで高まり、トルバドールはまるでバプティスト派の教会のように宗教的な神々しさを帯びていく。


いつのまにか、自分がダニー・ハサウェイが死んだときの年齢を超えてしまったことに気付いて呆然とする。

*1:これはどうやらジョージ・ウェインがホストとなって開催された「ニューポート・イン・ニューヨーク」というイベントの一環で、デューク・エリントンレイ・チャールズアレサ・フランクリンスティーヴィー・ワンダーとともに出演したときのものらしい。